そして上石原の次には、土方の故郷である日野宿があった。それぞれに立ち寄らせれば、行軍の速度は遅らせられる。
そうして入城を遅らせる魂胆だった。このことが露呈すれば、裏切り者の謗りを受けることは間違いない。だが、このまま黙って隊が壊滅するのを見ていることは出来なかった。
やっと生き生きとしだした桜司郎を見て、榎本は口角を上げる。
「……にしても、
https://www.evernote.com/shard/s330/sh/6dff7ffd-6fd8-0b92-9e4c-b5af7b73c766/xeeVuqKtOviXxjS-2RaNpF_gINpjPyV-rxmzsUCqBeRauA9Wpg4O-eNLNw https://blog.udn.com/79ce0388/180113305 https://plaza.rakuten.co.jp/aisha1579/diary/202311300000/ 俺が聞いていた新撰組とは随分違うなァ。幕府の思惑くらい見抜けそうなモンなんだが」
「それは……。──私もそう思う。あの副長が分からないとは思えない……」
「へえ……、そんなに土方とやらはキレ者なのかえ」
その問いに、桜司郎は力強く頷いた。すると榎本は興味深そうに目を細める。
それから二人は今後について話しを重ねた。どうやら榎本も徹底抗戦派らしい。いずれは共闘する日が来るかもしれなかった。
「……そろそろ帰るよ。有難う、釜。君のお陰で考えが纏まった。副長とも話してみる」
「おうよ。いつでも来てくりゃれィ!」
どこまでも真っ直ぐな明るさに、桜司郎は微笑む。だが榎本へ背を向けた瞬間、みるみる真剣な顔付きとなった。
暮れ行く空の向こうを見つめながら、屯所へと向かう。 その夜、桜司郎は土方の居室の前に立っていた。背後の庭にある池には月が浮かんでいる。淡い光に背中を押されるように、小さく拳を固めると口を開いた。
「副長。……榊です」
そのように言えば、少しの間の後に「入れ」と促される。意を決した表情で戸へ手を掛けた。
開け放った先には、人影が立っている。無論それは土方だが、その装いに目を丸くした。
「こんな夜にどうした」
「話しがあって……。そ、その……ご恰好は?」
髪はいつもの総髪だが、彼が纏っているのは着物ではなく榎本に似た洋装だった。立襟のシャツにベスト、ズボン。腹が締まらぬのが煩わしいのか、その上から帯を巻いていた。そして肩には羽織のようにフロックコートが掛けられている。
スラッとした体躯であるからか、やけに眩しく見えた。
呆然と部屋の前で立ち尽くす桜司郎の腕を、土方は寒いと言って引く。
「着物で洋式の戦いは出来ねえからな。俺ァ、形から入るんだ。……にしたって、窮屈で適わねえな。特にこの首元……」
そうボヤくと、首を一周回してから一番上のを外した。
コートを肩から取ると、鏡台へ雑に引っ掛ける。
「で、話しとは何だ。突っ立ってねえで、座れ」
自身は胡座をかいて座ると、その前を指さした。桜司郎は促されるままにそこへ腰を降ろす。
どうにも見慣れぬ装いというだけで、まるで別人と話しているような心地になった。それがあまりにも似合っているものだから、余計にである。
落ち着かない気持ちを何とか抑え、口を開いた。
「あの……甲府への出陣の件ですが。あれは決定事項なのでしょうか」
「無論だ。もう支度金も、銃砲も頂戴している」
至極冷静な声色と共に、真意を問うような視線が向けられる。それどころか、触れて欲しくないと言わんばかりに冷たさすら孕んでいた。
だが、桜司郎はここで引き下がる訳にはいかないと言葉を続ける。「副長は何か可笑しいと思いませんでしたか。慶喜公が恭順を決めて謹慎しているというのに、我々が甲府を抑えた暁にはそこへ入って頂くなど……」
それを聞くなり土方は視線を落とした。その仕草に、少なからず思うところがあるのだと分かり、桜司郎は安堵する。
だが──
「それがどうした」
「ど、どうしたって……」
抑揚の無い声にしどろもどろになる。けれども、負けてはならぬと己を奮い立たせた。
「わ……私たちは、言わば騙されているようなものです。