今、殿との間に土岐氏の血を受け継ぐ若君が産まれたら、彼らは奇妙殿をに追い込んででもお世継ぎにと…、
いいえ、最悪の場合は、その御子の血筋を盾に、殿を亡き者にしようと企むやも知れませぬ」
現に道三は、自身を土岐氏の子と信じてやまなかった義龍に “ 実父の仇討ち ” として長良川で討たれている。
この折 土岐氏の遺臣たちが、挙って義龍を支持していたのは言うまでもない。
「じゃから、懐妊を公にはせぬと言うのか? 万が一の折の争いを避ける為に」
「……それもありまする」
「ならば、他にも理由があるのか?」
信長の問いかけに、濃姫は静かに頷くと
「ご嫡男である奇妙殿のお立場を、お守りする為にございます」
https://addgoodsites.com/details.php?id=567090 https://cutismedi.com.hk/ https://penzu.com/p/525d212567dce57b
やおら、母親の顔になって告げた。
「先ほど申し述べたことは、全て私の勝手な懸念に過ぎませぬ。 …なれど、私が若君を産めば、
多かれ少なかれ跡目問題に異論を唱える者も出て参りましょう。私は、それが不安で堪らないのでございます」
妻の心中をってか、信長も「うむ…」と同調するように首肯した。
「奇妙殿は我が子同然にございます。あの子の平穏と安寧を願うからこそ、私もとなる決意を致したのです。
…それ故、もしも再び懐妊に至り、若君が産まれるようなことがあったとしても、お世継ぎにはせぬと心に決めておりました。
そのような大それた立場などなくとも、殿のお血を引く健勝な御子を産むことが出来れば、それでだけで本望だと」
「…お濃…」
その気高い志を聞き、信長はまるで菩薩を眺めるかのような眼差しで姫を見つめた。
すると濃姫は、どこか寂しさの漂う微笑を満面に浮かべると
「されど……綺麗事も、他人を慮る心も抜きにして申し上げますと、私はきっと……怖かったのだと思います」
やや震えを帯びる声で信長に告げた。
「怖い?」
「…ご承知の通り、私は一度 御子を失うておりまする。侍女たちはその原因を、清洲の城に忍び入った盗人とした折に、
強く突き飛ばされた故だと申しまするが、私の身体の問題が大きく影響していたことは、よもや言うまでもありませぬ」
「──」
「治したくとも、決して治せぬ病。せっかく御子を授かっても、また流れてしまうのではないかと考えると……怖うて怖うて、仕方がないのでございます…」
黒い瞳を涙で潤ませながら、濃姫は悲痛な面持ちでれた。
「もしも、懐妊を公にし、皆に祝うてもらったとしても……無事に産めず……失望させてしまったらと思うと…」
今にもが漏れそうになる口元を、濃姫は咄嗟に手で押さえた。
信長は暫し、居たたまれないような思いで妻の姿を見つめていたが
「…馬鹿なことをっ」
と苦し気に吐き捨てるなり、濃姫の華奢な身を引き寄せ、強く抱き締めた。
「何故そなたは、そのように余計な心配ばかりをするじゃ! 腹の中の子が男か女かも分からぬと申すのに、
儂が討たれる!? 奇妙が廃嫡に追い込まれるやも知れぬじゃと!? けたことばかりを申すな!」
「……」
「そなたが今せねばならぬことは、安静に尽くし、腹の中の子に大事がないよう、その身を守ることじゃ!
起きるか起きぬかも分からぬ事態に、そなたが心を痛める必要などにもない!
万に一つ左様な事態が起こったとしても、その対処を考えるのは儂の役目じゃ。そなたではない」
姫の背中に回した信長の手に、更にも増して力がこもる。
「怖かろう…、不安でもあろう…。されど今は、かつてのような不幸を繰り返さぬ為にも、この腹の子を守り抜くことだけを考えよ」